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金沢地方裁判所 昭和40年(わ)176号 判決

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実は、

被告人は普通自動車第一種の運転免許を有し、高岡市清水町に在る原野木材株式会社に勤務し、自動車運転の業務に従事しているのであるが、昭和四〇年五月一七日午後七時一五分頃、普通貨物自動車(富一・れ・八九五)を運転し、金沢市鳴和町サ三〇番地先道路を金沢方面から富山方面に向け時速約三〇キロで進行中、前方約一八、五米、歩道から約二、七米附近に、自転車に乗ってふらふらしながら先行する笠井善次(当三八年)を認め追い越そうとしたのであるが、斯る場合自動車運転者は同人の態度、動きに注意するとともに、交通の状況を勘案し、一時追越しを断念するか、或いは予め警音器を吹鳴して警告を与え、同人が避譲するのを待って、同人と十分な間隔を置いて追越すようにし、もって事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるにも拘らず、これを怠り警音器を一回吹鳴したのみで、不注意にも同人が避譲する気配も示さず、むしろ道路の中央よりに進行する様な乗り方で先行するのに、同人の右側僅か一米位のところを漫然進行し追越しにかかった過失により、自車左側面をふらついた同人に接触させて転倒せしめたうえ、倒れた同人の頭部を左後輪で轢き、よって同人をその場で左前額陥没骨折、頭蓋底骨折、右鎖骨々折により即死させたものである。

というにある。

≪証拠省略≫を総合すると、被告人は普通自動車第一種の運転免許を有し、高岡市清水町原野木材株式会社に勤務し、自動車運転の業務に従事中、昭和四〇年五月一七日午後七時一五分頃、普通貨物自動車(富一・れ・八九五)を運転し、金沢市鳴和町サ三〇番地先道路を金沢方面から富山方面に向け時速約三〇キロで進行中、同所附近を自転車に乗って先行していた笠井善次(当三八年)を追い越そうとして警音器を吹鳴したが、同人が避譲しないためハンドルをやや右に切り、同人の右側約一メートルの個所を追い越し進行した際、同人が進行方向右側にふらついてきたため、自車左側面に同人を接触させて転倒させ、同人の頭部を左後輪で轢き、そのため同人をその場で左前額陥没骨折、頭蓋底骨折、右鎖骨骨折により即死させたことが認められる。

そこで、右笠井善次の死亡が被告人の過失によるものかどうかについて検討して見る。

(一)  公訴事実によれば、被告人の本件における具体的な注意義務は「道路中央部には対向電車があって、同人(笠井善次)と十分な間隔がとれない状況にあったのであるから、かかる場合……同人の動向に注意するとともに交通の状況を勘案し、一時追越を断念するか、或は予め警音器を吹鳴して警告を与え、同人が避譲するのを待って、同人と十分な間隔を置いて追越すように」すべきであるというのである。

(二)  ≪証拠省略≫によれば、本件事故現場は北陸幹線自動車道路である国道八号線であって、乗用車等は勿論のことトラック、ダンプカーが大阪、富山間を往来し、その交通はきわめて頻繁であった、その上鳴和町附近は市電軌道併用道路であって道路中央部分には四条の電車軌道が敷設されている、そして道路は歩車道の区別があって平坦であり、路面はコンクリートで舗装されているところであって、終日四〇キロに速度制限されている他、六時から二三時までの間は駐車禁止区域となっている。

また道路の巾員については片側歩道三・五米、片側車道六・六米即ち全道路巾員二〇・一米であることが認められる。

(三)  さてこの様な地理的状況、交通状態において自動車が自転車を追いこす場合において自動車運転者に対して要求される業務上の注意義務は、先行自転車に対し警音器を吹鳴して注意を喚起し速度を減じて自転車運転者の姿勢、態度を注視し、時宜に応じていつでも急停車しうるような措置をとると共に、自転車との間に合理的な間隔を置いて進行することである。

(四)  検察官は、本件のような場合一時追越しを断念するか、或いは予め警音器を吹鳴して警告を与え、笠井善次が避譲するのを待って同人と十分な間隔を置いて追い越す業務上の注意義務があると主張しているが、前に認定した様に国道八号線は北陸の幹線自動車道路である上に、事故現場は電車軌道もあるので、一時追越しを断念したり自転車が避譲するのを待っていたのでは、交通が麻痺し主要自動車道路の意味がなくなり、ひいては他の事故の発生を惹起しないでもない。今日においては高速性、迅速性が要求され、自動車の社会的有用性が重視される一方人命に対する危険度も高くなっているのであるから、自動車運転者に対しては過重とさえいい得るような注意義務が要求されるようになったのである。しかし、その注意義務の懈怠がないならば過失なしとしなければならない。検察官が主張する如き注意義務を本件被告人に要求するのは苛酷に失するものがあるといわなければならない。

(五)  すなわち、自動車運転者が、自動車を追越すに際しては、自動車運転者が、合理的な間隔をおき、かつ警笛吹鳴、徐行等の措置をとりながら、慎重に追越しをする態度をとった以上は、接触による事故防止の責任は主として自転車運転者の側にあるというべきである。

本件においてこれをみるに、前掲各証拠を総合すると、被告人が笠井善次の運転する自転車を追い越すまでの措置は、速度は約三〇キロメートルの比較的低速であること、進行位置は道路中央に敷設せられた市電軌道の進行方向に向って一番左側の軌道上に、被告人の自動車のほぼ中心線があること、自転車に対して警笛を吹鳴して警告を与えていること、右笠井善次の自転車を追い越すに際しては、若干ブレーキをかけて減速しながら自転車の右側に出て、自動車の左側面と自転車のハンドルの右端の間に約一メートルの間隔をおいていること、更に長久太郎作成の鑑定書によると、本件普通貨物自動車(全長五・六メートル)が自転車の側方一メートルの間隔をおき、時速三〇キロメートルで通過する場合における自転車に対する空気力学的影響は皆無であること、すなわち、自動車の速度による風圧のために自転車が倒れることは、あり得ないことであることが認められる。

してみると、被告人の本件における措置には、何ら事故原因となるべき過失の責むべきものは認められず、専ら追い越し後における自転車運転者たる笠井善次の運転方法が、本件事故の原因となったものというべきである。

自転車運転者である笠井善次の姿勢、態度については、≪証拠省略≫を総合すると、笠井善次は、うつむいて前かがみになり、交通量の多い道路の中央を比較的ゆっくり進行していたため、前記の供述者はいずれも危いと感じていたが、笠井善次が倒れるかもしれないという危険を感じた者はいないのである。自転車に乗っていた同人の肩が左右に動いて若干ジグザグに進行していたが、決して倒れかかる様な不安定な乗り方ではなかったといわなければならない。したがって追い越し後に同人が右側に転倒することについての予見可能性はない。

もとより自動車運転者は、追い越し後の自転車に対してもバックミラーにより安全を確認すべきことはもちろんであるが右のような事情のもとで、自転車運転者が、併進後に右側に倒れるというような突発的な事態にまでそなえて運転すべきであるということは、自動車運転者に難きを強いるものであるといわなければならない。

(六)  以上検討した結果によれば笠井善次の死亡は、被告人の過失によるものではないといわなければならない。

本件の事故の結果は重大である。一家の大黒柱を失った被害者の遺族の心情は察するに余りあるが、結果の重大性のみから被告人に対して過失責任を問うことができないことはいうまでもない。結局本件は被告人の過失の点についてその証明が不十分であることに帰するので、刑事訴訟法第三三六条により主文において被告人に対して無罪の言渡しをする。

(裁判官 高橋爽一郎)

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